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Author:Tatsuya Matsushima
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新旧司法試験の短答式試験問題を分析し、対応方法を提案します。
「基本書」というターム
は、司法試験受験生の間で何十年も昔から使い 古されてきたスラングだが、昨今では、「研究者(大学教授)の著した体系書」を指すと解する学生が多い。
この誤解は些細な事柄だが、「法律の学習」についての誤解と一体化しているように思えるので、念のため書いておく。
「基本書」とは、
文字通り、「各自が勉強の基本として用いている書物」 を指す。
ここに「基本として用いている」とは、学習する際の前提知識・思考の根拠・ 論理の出発点となる記述を求めることであり、「書物」というのは、物理的に一冊にまとまっていることを意味する。
それゆえ、可能性としてはあらゆる本が基本書として選択されうる。
過去問集(多くは解説付であろうが)や、判例付六法でさえ、基本書になりうるはずだ。
しかし、現実的な各種の考慮(表現すると下品なので敢て書かない)から、現(または元)司法試験委員が著した体系的教科書を基本書として選択する者が、結果として多くなるに過ぎない。
さて、「法律の学習」
によって獲得された新情報は、基本書上の記述に関連付けられてメモ(追加)される。そのため、基本書には書き込みがなされ、線が引かれ、色が塗られ、付箋が貼られていく。
「その作業」=「法律の勉強」と考えてしまうとすれば、それは錯覚だが、しかし、その作業を経験しない法学徒は存在しないはずだ。
知識を整理し体系化し集約するのは、少なくともアリストテレス以来、人間知性の「本能」なのだから。
話が脱線しそうなので元に戻す。
この作業の物理的負担を少しでも減らそうとするために、もともとからしてたくさんの情報が書き込まれてある分厚い「基本書」を選択する人もいる。
民法だったら、有斐閣の「注釈民法」シリーズを基本書にすれば、さぞかし手間が省けるだろう(冗談だよ)が、そんな選択をする人は、いないはずだ。
なぜか。
もちろん、「物理的に一冊にまとまっていること」という要件を充たしていないから、と言ってもよいが、端的に言えば、「多すぎる」からである。
基本書は、できる限り薄くなくてはいけない。
往年の代表的基本書のほとんどは、現在では絶版になってしまい、手に取ることは難しい。もし、見ることができればわかるが、宮沢俊義先生の「憲法供廖碧[С愾棺検砲蓮◆屬△燭蕕靴し法のはなし」(昭和22年)の兄貴分ぐらいの筆致だし、木村亀二博士の「新刑法読本」も団藤重光博士の「刑法綱要(初版)」 も薄い本である。兼子一博士の体系書も現在の基準から見れば決して厚い本ではない。